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書評

紺野登著『知識デザイン企業』日本経済新聞社2008.2.刊行

『東洋経済』2008.5.24, 116頁.

 

 

 世界で五千万台を販売したと言われるアップル社のiPod。その背面をピカピカに鏡面加工してきたのは、日本の職人さんたちだ。新潟県の金属加工会社、東陽理化学研究所の町工場から、世界を席巻するIT製品に命が吹き込まれている。

 日本の伝統的な「匠」の技がiPodに活かされているのに、同種の技を、日本企業は活かしきれていない。日本の企業はどうも、アート=技を製品化する力に欠けているのではないか。そのような観点から、本書は近年の新しい経営戦略を紹介する。IT社会の確かな指南書だ。

 iPodの背面を鏡のようにツルツルに加工すると、確かにオシャレだが、汚れが目立ちやすい。しかしアップル社はデザイナーの意見を優先し、「汚れたら拭けばいい」と考えた。それでiPodには、眼鏡拭きのような布が同封されている。

日本企業には、こうした発想が通じない。「モノ作り」をあくまでハードとして捉え、コストダウンを最優先してしまう。デザイナーの発言力や権限が弱いので、チャレンジングな製品が生まれにくい。

 では日本が誇るモノ作りの精神を、いかにしてアート・プロダクトへと結びつけるのか。現代の経営者に求められているのは、知識をデザインすることであり、「デザイン」を創造経営の方法論に据えることだと著者はいう。そのためには、コンサルタントや戦略家の知識ではなく、ともすれば引きこもりがちな、クリエーターたちの潜在力を見出し、彼らのひたむきな活動力を、企業の創造性へ結びつけなければならないという。

 ハリウッド映画に『グッド・ウィル・ハンティング』がある。数学の才能に恵まれながら、幼児期の虐待のトラウマによって引きこもる青年の話で、彼がMITの清掃員の仕事をしていたとき、たまたま廊下の掲示板に貼り出された難問を解いて、教授にその才能を発見される。すると主人公には、就職依頼が次々に舞いこむという展開だ。

 こうした例はまれだとしても、この映画は、いかにして引きこもりの才能を見出すかという、切実な問題を投げかけている。なぜクリエイティブな才能が求められるのかといえば、それは現代人がすでに欲望の飽和状態にあるからで、創造的な商品を提供しないかぎり、市場はこれ以上活性化しないであろう。

 爆発的に売れたアップル社のiPhoneの技術は、既知のものであったとの指摘がある。消費者がいま求めているのは、新たな技術革新ではなく、製品の「審美的次元」ではないか。新しい美的経験を製品化するための、さまざまなノウハウが詰まった本書に学びたい。

 

橋本努(北海道大准教授)